
ESGとは?企業の未来価値を測る新しい物差しを紹介
最終更新日:2025/09/16
それは企業の「未来の価値」を測る新しい物差し

近年、ニュースやビジネス誌でこの「ESG」という3文字を目にすることが多くなっていませんか?
しかし、その言葉の持つ本当の重みと、私たちのビジネスそして社会全体に与える計り知れないインパクトをどれほどの人が深く理解しているでしょうか。
これまで企業の価値を測る物差しは、売上や利益といった財務情報が中心でした。
しかし、気候変動や人権問題、格差の拡大といった地球規模の課題が深刻化する中で、その旧来の物差しだけでは企業の真の価値と持続可能性を測れなくなりつつあります。
ESGとは環境、社会、企業統治という3つの要素を企業の評価軸に組み込む新しい考え方です。
それは単なるボランティア活動や慈善事業といった次元の話ではありません。
ESGへの取り組みは、もはや企業の存続と成長に不可欠な経営戦略そのものであり、投資家が企業の未来の価値を見極めるための最も重要な羅針盤なのです。
「なぜ、今これほどまでにESGが重要視されるのか」。
「具体的に何をすればESG経営と言えるのか」。
「CSRとは何が違うのか」。
今回は、このESGという捉えどころのない、しかし極めて重要な概念について、その歴史的な背景から3つの構成要素の具体的な中身、そして企業がその価値を高めるための実践的なアプローチまで紹介していきます。
ESGとは何か?

ESGという概念を深く理解するためには、まずその基本的な定義とこの考え方が生まれるべくして生まれた歴史的な文脈を知ることが不可欠です。
それはある日突然現れた思想ではありません。
私たちの社会と経済が直面してきた課題の中から必然的に紡ぎ出された新しい価値の物差しなのです。
ESGの3つの構成要素
ESGは次の3つの単語の頭文字を取ったものです。
環境というESGの「E」
これは、企業の事業活動が環境に与える影響に関する側面です。
例として、気候変動への対策や生物多様性の保全、水資源の管理や廃棄物削減とリサイクル、および環境汚染の防止などがあります。
社会というESGの「S」
これは、企業の従業員や顧客、取引先そして地域社会といったあらゆるステークホルダーとの関係性に関する側面です。
例として、従業員の人権と労働環境への配慮やサプライチェーンにおける人権問題への対応、顧客満足度と製品の安全性や地域社会への貢献などがあります。
企業統治というESGの「G」
これは、企業の意思決定プロセスや経営の透明性、健全性に関する側面です。
例として、取締役会の構成と実効性や役員報酬の透明性、株主の権利保護やコンプライアンスとリスク管理、情報開示の適正さなどがあります。
CSRとの決定的な違い
「ESGとCSRは何が違うのか?」
これは多くの人が抱く疑問ではないでしょうか?
両者は共に企業の社会的な側面を重視する点で共通していますが、その視点と目的に決定的な違いがあります。
CSRは主に企業が自らの社会的責任をどう果たすかという企業側の視点に立った自主的な活動です。
その活動は時に本業とは直接関係のない慈善事業やボランティア活動として行われることもあります。
一方、ESGの最も重要な特徴は、投資家の視点から生まれた概念であるという点です。
ESGは企業の環境、社会、ガバナンスへの取り組みが単なるコストではなく、長期的なリスクを低減し、新たな収益機会を創出するという、企業の財務的なパフォーマンスに直接影響を与える重要な要素であるととらえます。
つまり、ESGは企業の持続可能性と長期的な企業価値を評価するための投資の物差しなのです。
ESG投資の歴史とグローバルな潮流
ESGという言葉が世界的に注目されるきっかけとなったのが、2006年に当時の国連事務総長コフィー・アナン氏が金融業界に提唱したPRIと呼ばれる責任投資原則です。
これは機関投資家が投資の意思決定プロセスにESGの視点を組み込むことを求める一連の行動原則です。
このPRIへの署名機関は年々増加し、ESG投資はもはや一部の倫理的な投資家だけのものではなく、世界の金融市場のメインストリームへと成長しました。
気候変動がもたらす物理的なリスクや規制強化、人権問題が引き起こすサプライチェーンの寸断。
こうしたESG関連のリスクが企業の財務状況を大きく揺るがす現実が次々と明らかになる中で、投資家たちはESGへの取り組みを企業のリスク管理能力と将来の成長性を測るための不可欠な指標として認識するようになったのです。
ESGはもはや無視できないグローバルスタンダードとなってきているのです。
環境というESGの「E」

ESGの最初の要素である「E」。
かつて、環境問題は一部の環境活動家や特定の業界だけの課題と捉えられがちでした。
しかし、今やあらゆる企業の存続そのものを左右する最も重要な経営リスクであり、同時に新たなビジネスチャンスの源泉として認識されています。
気候変動という待ったなしの経営リスク
地球温暖化に伴う気候変動は、もはや遠い未来の話ではありません。
それは、私たちのビジネスの足元を揺るがす極めて現実的な脅威として存在します。
物理的リスク
台風の巨大化や豪雨の頻発による工場や店舗の浸水被害。
猛暑による従業員の健康被害や農作物の不作。
こうした異常気象がもたらす直接的な物理的ダメージは、企業のサプライチェーンを寸断し事業の継続を困難にします。
移行リスク
気候変動対策として世界各国で導入が進む炭素税や排出量取引制度といった規制の強化。
これは、CO2排出量の多いビジネスモデルを持つ企業にとっては、事業コストの大幅な増加に直結する移行リスクです。
また、環境意識の高い消費者による不買運動や、ESGを重視する投資家からの資金引き揚げといった市場からの圧力も無視できません。
企業の具体的な取り組みとその価値
こうしたリスクに対応し、持続可能な企業として社会から選ばれ続けるためには、積極的な環境への取り組みが不可欠です。
温室効果ガス排出量の削減
自社の事業活動で排出する温室効果ガスを計測し、その削減目標を設定し公表する。
そして、省エネルギー設備の導入や、再生可能エネルギーへの切り替えなどを通じて、その目標達成に向けて具体的な行動を起こすこと。
これはESG経営の最も基本的な第一歩です。
サーキュラーエコノミーへの移行
従来の、作って、使って、捨てる、という一方通行のリニアエコノミーから製品の長寿命化やリサイクル、アップサイクルなどを通じて資源を循環させ続ける「サーキュラーエコノミー」へのビジネスモデル転換。
これは、廃棄物削減という環境貢献だけでなく、資源価格の高騰リスクを回避し、新たな収益源を創出する可能性を秘めています。
生物多様性の保全
事業活動が地域の生態系に与える影響を評価し、その負の影響を最小化する取り組みも重要です。
森林破壊に繋がるような原材料の調達を見直したり、工場周辺の緑化活動を行ったりすることなどが挙げられます。
これらの環境への取り組みは、もはや単なる社会貢献活動ではありません。
それは企業のリスク管理能力を高め、エネルギーコストを削減し、そして環境意識の高い顧客や投資家を惹きつける極めて合理的な経営戦略なのです。
地球環境との共生なくして企業の長期的な繁栄はあり得ない。
その厳然たる事実を経営の根幹に据えること。
それがESGの「E」が私たちに問いかける本質です。
社会というESGの「S」

ESGの2つ目の要素である「S」。
これは企業がその事業活動を通じて関わるすべての人々、すなわち従業員や顧客、取引先そして地域社会といったステークホルダーとの良好な関係性をいかにして築いていくかという問いです。
かつて、企業の目的は株主価値の最大化であると考えられてきました。
しかし、今その価値観は大きく転換し、あらゆるステークホルダーからの信頼なくして企業の持続的な成長はあり得ないという新しい常識が生まれつつあります。
人を資本と捉える人的資本経営
「S」の領域で今最も注目されているのが人的資本経営という考え方です。
これは、従業員を単なるコストや労働力としてではなく、企業の価値創造の源泉となる最も重要な資本として捉え、その価値を最大限に引き出すために積極的に投資していこうという経営アプローチです。
ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン
性別や国籍、年齢、性的指向、障がいの有無などに関わらず、多様なバックグラウンドを持つ人材がそれぞれの能力を最大限に発揮できる組織を創り上げること。
多様な視点が交差する組織は、イノベーションが生まれやすく変化への対応力も高いことが知られています。
従業員のウェルビーイングと労働安全衛生
従業員が心身ともに健康で安全に働くことができる環境を整備することは企業の基本的な責務です。
長時間労働の是正やメンタルヘルス対策、そしてハラスメントのない職場環境の実現は、従業員のエンゲージメントと生産性を高める上で不可欠です。
人材育成とリスキリング
変化の激しい時代において、従業員が常に新しいスキルを学び市場価値を高め続けられるよう企業が学習の機会を提供し支援すること。
これは、個人のキャリア形成を助けるだけでなく、組織全体の競争力を維持し、向上させるための重要な投資です。
サプライチェーン全体での人権尊重
企業の社会的責任は自社内だけに留まりません。
原材料の調達先から製品の販売先に至るまでその事業活動に関わるすべてのサプライチェーンにおいて人権が尊重されているかを管理する責任を負います。
発展途上国における児童労働や強制労働といった問題に加担していないか。
取引先に対して不当な買い叩きなどを行っていないか。
こうしたサプライチェーン・マネジメントは企業の倫理観が厳しく問われる領域です。
顧客と地域社会との共存共栄
顧客満足度の向上や製品、サービスの安全性を追求することはもちろん、事業活動の基盤となる地域社会との良好な関係を築くことも「S」の重要な要素です。
地域の雇用創出や環境美化活動、そして文化支援など企業市民としての積極的な貢献が求められます。
これらの「S」への取り組みは、時に短期的な利益とは結びつかないかもしれません。
しかし、従業員のエンゲージメントを高め、優秀な人材を惹きつけ顧客からの信頼を勝ち取り、そして社会からの応援を得ること。
これこそが企業の長期的な成長を支える最も確かな無形資産となるのです。
企業統治というESGの「G」

ESGの最後の要素である「G」。
これは企業の意思決定がどのように行われ、経営がどのように監督されているかという組織のあり方そのものを問うものです。
たとえ「E」や「S」への素晴らしい取り組みを掲げていたとしてもその土台となるガバナンスが脆弱であれば、それは砂上の楼閣に過ぎません。
健全なガバナンスこそが企業の持続的な成長とステークホルダーからの信頼を担保する羅針盤なのです。
なぜガバナンスはこれほどまでに重要なのか
相次ぐ企業の不正会計やデータ改ざんといった不祥事。
これらの問題の根源にはほぼ例外なくガバナンスの機能不全が存在します。
経営者の独断専行を許し、社内のチェック機能が働かない組織。
このような組織ではたとえ、短期的に高い収益を上げたとしてもその成長は持続可能ではありません。
投資家や市場は企業のガバナンス体制をその経営の質とリスク管理能力を測るための最も重要な指標として厳しく評価しています。
健全なガバナンスを構成する具体的な要素
強いガバナンス体制は、いくつかの重要な要素によって構成されます。
取締役会の多様性と実効性
取締役会は企業の経営を監督する最高の意思決定機関です。
その取締役会が経営陣のイエスマンだけで構成されているようでは健全な牽制機能は働きません。
多様なバックグラウンドを持つ社外取締役を積極的に登用し、経営に対して独立した立場から厳しい意見を述べることができる環境を確保することが重要です。
役員報酬の透明性と株主との対話
役員報酬がどのような基準で決定されているのか、そのプロセスと結果を株主に対して透明性高く開示すること。
そして株主総会などの場を通じて、株主からの意見に耳を傾け、経営に反映させていく対話の姿勢が求められます。
リスク管理とコンプライアンス体制の構築
自社を取り巻く様々な経営リスクを特定し、その影響を最小化するための全社的なリスク管理体制を構築すること。
そして法令や社会規範を遵守するためのコンプライアンス部門を設置し、従業員への教育を行うこともガバナンスの重要な一環です。
情報開示の積極性と説明責任
自社の財務情報だけでなく、ESGへの取り組みといった非財務情報についても、統合報告書などを通じてステークホルダーに対して積極的に開示していくこと。
そして、その開示した情報に対して社会からの問いかけに誠実に答える説明責任を果たすこと。
この情報開示の姿勢こそがステークホルダーとの信頼関係を築く礎となります。
強いガバナンスは決して経営の自由を縛るものではありません。
むしろそれは、経営者が安心してアクセルを踏むための強力なブレーキであり、組織が道を踏み外すことなく長期的な視点で成長を続けるための不可欠な安全装置なのです。
一人ひとりの選択がこれからの社会のあり方を形作っていく

今回はESGという現代の企業経営において、避けては通れない新しい価値の物差しについてその3つの側面から深く掘り下げてきました。
地球環境との共存を目指す「Environment」。
従業員や社会との良好な関係性を築く「Social」。
そして、経営の透明性と健全性を担保する「Governance」。
これらはもはや独立した個別の課題ではありません。
3つの要素が相互に深く関連し合い、一体となって企業の持続可能性と長期的な価値創造を支えるのです。
環境を破壊する企業が社会からの信頼を得られないようにする。
従業員を大切にしない企業がイノベーションを生み出せないようにする。
そしてガバナンスが不全な企業が長期的な成長を続けられないようにする。
ESGは私たちに問いかけます。
あなたの会社は短期的な利益の追求だけを目的とするのか。
それとも環境や社会といったより大きな視座を持ち、すべてのステークホルダーと共に持続可能な未来を創造していく存在でありたいのか。
この問いはもはや経営者だけのものではありません。
投資家としてどの企業を応援するのか。
消費者としてどの製品を選ぶのか。
そして一人の働き手としてどの企業で自らのキャリアを築いていくのか。
私たち一人ひとりの選択がこれからの社会のあり方を形作っていくのです。