
コンプライアンスとは?企業が守るべき4つの重要な要素とその理由
最終更新日:2025/09/06
「また、あの会社もか…」
連日のように報じられる企業の不祥事。
SNSでの告発と炎上、監督官庁からの厳しい行政指導、そして顧客からの信頼失墜。
これまで多くの経営者にとって、「コンプライアンス」とは、法務部が担当する専門領域であり、どこか「他人事」のように感じられていたかもしれません。
しかし、その認識は、もはや通用しない時代になりました。
「コンプライアンス=法令遵守」という単純な理解は、過去のものです。
現代におけるコンプライアンスとは、法律や条例といった明文化されたルールを守ることはもちろん、社会規範や企業倫理、ステークホルダーからの期待や信頼に応え続けるという、より広範で能動的な企業活動そのものを指します。
それは、守るべき最低限のラインではなく、企業が社会の一員として存続し、持続的に成長するための経営基盤(土台)そのものなのです。
ひとたびこの土台が崩れれば、失うのは金銭的な利益だけではありません。
長年かけて築き上げたブランドイメージは一瞬で地に落ち、顧客は離れ、優秀な人材は去り、採用活動も困難になります。
コンプライアンスの欠如は、いわば企業の体内に潜む「静かな時限爆弾」。
それが爆発した時、事業の継続すら危うくなるのです。
では、この目に見えない、しかし致命的なリスクから組織を守り、むしろ社会からの信頼を勝ち取る「攻めのコンプライアンス」を実践するためには、具体的に何をすべきなのでしょうか?
今回は、「コンプライアンス」という言葉を単なるお題目で終わらせないために、その本質的な意味から、現代の企業が絶対に守るべき4つの重要な要素、そしてなぜそれが不可欠なのかを、具体的かつ体系的に解説します。
そもそもコンプライアンスとは?単なる「法令遵守」を超えた、企業の"社会的責任"

多くのビジネスパーソンが「コンプライアンス」という言葉を「法令遵守」と訳し、理解しているかもしれません。
もちろん、それは間違いではありません。
法律や条例といったルールを守ることは、コンプライアンスの最も基本的な、そして絶対に欠かすことのできない土台です。
しかし、現代のビジネス環境において、その理解だけでは極めて不十分であり、大きなリスクを伴います。
現代におけるコンプライアンスは、より広く、より深い意味合いを持っています。
それは、次の2つのレベルで捉えることができます。
レベル1:狭義のコンプライアンス(最低限の義務)
これは、文字通りの「法令遵守」です。
企業活動に関わるあらゆる法律、政令、条例などを守ることを指します。
具体例
労働関連法規
労働基準法、労働安全衛生法(長時間労働の是正、ハラスメント防止)
取引関連法規
下請法、独占禁止法(優越的地位の濫用の禁止、不公正な取引の防止)
情報関連法規
個人情報保護法、マイナンバー法(顧客情報や従業員情報の適切な管理)
環境関連法規
廃棄物処理法(産業廃棄物の適正処理)
これらは、企業が社会で活動するための最低限の義務であり、違反すれば罰金、営業停止といった明確な行政処分や刑事罰の対象となります。
レベル2:広義のコンプライアンス(社会からの信頼を得るための活動)
現代のビジネスで真に問われているのは、この広義のコンプライアンスです。
これは、法律で定められていなくとも、社会の一員として公正・公平であることが期待される、より広範な規範を守ることを意味します。
これには、大きく分けて次の3つの要素が含まれます。
社内規範・ルールの遵守
法律ではないものの、組織として定めた内部のルール。
具体例として、就業規則、経費精算規定、情報セキュリティポリシー、企業独自の行動憲章などがあります。
企業倫理の遵守
法律以前の、ビジネスを行う上での道徳的・倫理的な行動規範。
具体例として、顧客に対する誠実な対応、いわゆる過剰な宣Дや誤解を招く表現を避けることや、従業員のパワハラやセクハラを行わない・許さない文化などの人権尊重、他社の誹謗中傷や、不正な手段での情報収集を行わない公正な競争などが挙げられます。
社会的規範・要請への対応
社会が企業に期待する役割や責任。
これは時代と共に変化します。
具体的には次の3つがあります。
環境への配慮
SDGsやESG投資への関心の高まりに応える、環境負荷の低減活動。
人権への配慮
サプライチェーン全体における、強制労働や児童労働などの問題への取り組み。
多様性の尊重
ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の推進。
なぜ、「広義のコンプライアンス」が不可欠になったのか?
その背景には、「ステークホルダーの多様化」と「情報化社会の進展」があります。
かつては株主の利益が最優先でしたが、現代では顧客、従業員、取引先、地域社会といったあらゆる関係者(ステークホルダー)からの信頼なくして、企業の持続的な成長はあり得ません。
そして、SNSの普及により、一人の従業員の不適切な言動や、企業の倫理観を欠いた姿勢が、瞬時に社会全体へ拡散・炎上する時代になりました。
「法律違反ではないから問題ない」という言い訳は、もはや通用しないのです。
したがって、現代におけるコンプライアンスとは、事業活動を縛る「コスト」や「足かせ」ではありません。
それは、あらゆるステークホルダーからの信頼を獲得し、企業のブランド価値を高め、持続的な成長を遂げるための「戦略的投資」であり、社会でビジネスを行うための「ライセンス(免許)」そのものなのです。
コンプライアンスを組織に根付かせる、4つの柱

コンプライアンスは、単にスローガンを掲げるだけでは組織に浸透しません。
それは、企業文化として根付かせ、日常業務の隅々にまで行き渡らせるための、体系的な仕組みを構築して初めて機能します。
その仕組みを支えるのが、以下の相互に関連し合う「4つの柱」です。
これらが揃って初めて、企業のコンプライアンス体制は強固なものとなります。
経営層の断固たるコミットメントと体制構築
コンプライアンスは、現場任せでは決して成功しません。
「コンプライアンスは経営の最重要課題である」
という経営トップの断固たる意志表示と、それを実行するための体制構築が、全ての出発点となります。
なぜ、これが最重要なのか?
現場の従業員は、経営層の姿勢を敏感に感じ取ります。
トップがコンプライアンスを軽視すれば、その空気は必ず組織全体に伝播し、ルールは形骸化します。
「売上さえ上がれば多少のことは許される」といった誤ったメッセージが、不正の温床となるのです。
逆に、経営層が率先してコンプライアンスを語り、実践する姿を見せることが、組織全体の意識を方向づけます。
具体的なアクション
基本方針の策定と発信
CEO自らの名で、コンプライアンスに関する基本方針や企業行動憲章を策定し、社内外に繰り返し発信します。
専門部署の設置と権限付与
コンプライアンスを統括する専門部署(法務部、コンプライアンス室など)を設置し、各部門に対して調査や指導を行える十分な権限を与えます。
責任者の任命
取締役会レベルでコンプライアンス担当役員を任命し、経営レベルでの責任体制を明確にします。
明確なルール(行動規範・マニュアル)の整備と周知徹底
経営層の意志を、従業員一人ひとりの具体的な行動に落とし込むためには、判断の拠り所となる明確なルールが必要です。
なぜ、これが必要なのか?
「何が違反にあたるのか」という基準が曖昧では、従業員は日々の業務で迷い、意図せずルールを破ってしまう可能性があります。
また、人によって解釈が異なれば、組織としての統制は取れません。
誰もが理解でき、実践できる具体的なルールブックが、公正な企業活動の羅針盤となります。
具体的なアクション:
コンプライアンス・マニュアルの作成
法律の条文を並べるだけでなく、「贈収賄」、「ハラスメント」、「情報管理」といった具体的なテーマごとに、「何をすべきか(Do)」、「何をしてはいけないか(Don't)」を、現場の業務に即した事例を交えて分かりやすく解説します。
継続的な更新
法改正や社会情勢の変化に合わせて、マニュアルの内容を定期的に見直し、常に最新の状態に保ちます。
アクセシビリティの確保
マニュアルをイントラネットなどで常に閲覧できる状態にし、従業員が疑問を感じた時にいつでも立ち返れるようにします。
継続的な教育・研修による意識の浸透
どれだけ立派なマニュアルを作成しても、それが読まれなければ意味がありません。
ルールを知識として定着させ、コンプライアンスを「自分ごと」として捉える意識を醸成するためには、継続的な教育・研修が不可欠です。
なぜ、これが必要なのか?
コンプライアンス意識は、一度の研修で身につくものではなく、時間と共に風化していくものです。
定期的に学びの機会を提供し、繰り返しその重要性を訴えかけることで、初めて組織文化として定着します。
具体的なアクション:
階層別研修の実施
新入社員向けの基礎研修、管理職向けのハラスメント防止研修、営業部門向けの下請法研修など、役職や職種に応じた実践的な研修を設計します。
多様な手法の活用
eラーニング、集合研修、ディスカッション形式のワークショップ、そして他社の違反事例を基にしたケーススタディなどを組み合わせ、従業員の関心を引きつけ、記憶に残りやすいプログラムを実施します。
定期的な理解度テスト
研修の効果測定と知識の定着を確認するため、定期的にオンラインテストなどを実施します。
監視(モニタリング)と相談・是正の仕組み
ルールが守られているかを確認し、問題が発生した際にそれを早期に発見・是正するための「自浄作用」の仕組みが、コンプライアンス体制の生命線です。
なぜ、これが必要なのか?
不正や違反は、誰にも知られなければ隠蔽され、やがて大きな問題へと発展します。
組織内部で問題を自ら発見し、解決できる仕組みを持つことこそが、外部からの摘発や告発といった最悪の事態を防ぎ、社会からの信頼を維持するために不可欠です。
具体的なアクション:
内部監査の実施
独立した内部監査部門が、各部署の業務がルール通りに行われているかを定期的にチェックし、経営層に報告します。
ヘルプライン(内部通報制度)の設置
従業員が不正やコンプライアンス違反の懸念を、安心して相談・通報できる窓口を設置します。
その際、通報者の匿名性を確保し、通報したことを理由に不利益な扱いを受けないことを絶対に保証することが、制度を機能させるための大前提です。
懲戒処分の明確化と公正な運用
違反行為が発覚した場合の懲戒規定を明確にし、役職などに関わらず、全ての従業員に対して公正に適用することを徹底します。
これら4つの柱は、それぞれが独立しているわけではありません。
内部通報で明らかになった課題を基にマニュアルを改訂し、その内容を研修で周知徹底するといったように、互いが連携し、継続的に改善されていくサイクル(PDCA)を回すことで、組織のコンプライアンスはより強固なものへと進化していくのです。
コンプライアンスの要素「法令の遵守」

コンプライアンスを実践するための1つ目の要素として、「法令の遵守」があります。
法令の遵守とは、企業が国内外の法律や規制をしっかり守ることです。
例えば、税法、労働法、環境規制、消費者保護法などが含まれます。
これらの法律を遵守することは、企業活動の基本的な要件であり、違反が発覚した場合には罰金や営業停止などの法的制裁を受けるリスクが伴います。
しかしながら、コンプライアンスは単に法律を守ることにとどまりません。
次に説明する「倫理的な行動」をとる必要があります。
コンプライアンスの要素「倫理的な行動」

次に、コンプライアンスを実践するための2つ目の要素として、「倫理的な行動」があります。
先に説明した「法令の遵守」に加えて、企業や従業員が倫理的に正しい行動をとることが重要です。
企業は、法的に許される範囲内で行動するだけでなく、社会的な期待に応えるような倫理的な基準に基づいた行動を取ることが求められます。
これは、企業が社会の一員としての責任を果たし、ステークホルダーからの信頼を得るために不可欠です。
たとえば、公正な取引を行い、差別やハラスメントを避け、環境に配慮することなど、企業の倫理的行動は、その評判やブランド価値に直結します。
コンプライアンスの要素「内部統制とリスク管理」

コンプライアンスを実践するための3つ目の要素として、「内部統制とリスク管理」があります。
内部統制とリスク管理は、企業の健全な運営を支える重要な仕組みです。
内部統制は、業務プロセスの適正化を図り、ミスや不正の発生を防ぐための仕組みであり、財務報告の信頼性や業務効率の向上を目的としています。
一方、リスク管理は、企業が直面するリスクを特定し、評価し、適切に対応するプロセスです。
これにより、企業は予測されるリスクから生じる損害を最小限に抑え、安定した経営を維持することができます。
コンプライアンスの要素「企業の社会的責任」

コンプライアンスを実践するための最後の4つ目の要素として、「企業の社会的責任」があります。
企業の社会的責任は、アルファベット表記でCSR(シー・エス・アール)ともいい、企業が法令遵守を超えて、社会や環境に対して積極的に貢献することを意味します。
CSRは、企業が利益を追求するだけでなく、環境保護、人権の尊重、公正な労働慣行、地域社会への貢献など、幅広い社会的課題に取り組むことを求められます。
これにより、企業はステークホルダーからの信頼を得て、持続可能な成長を実現します。
CSR活動は、企業のブランド価値向上や社会的評価の向上にも寄与し、長期的な企業価値の創造に繋がります。
まとめ:コンプライアンスは「コスト」ではなく、未来を創る「戦略的投資」である

今回は、コンプライアンスの広義な意味から、それを組織に根付かせるための4つの柱、そしてその根幹をなすコンプライアンスの要素の概要を解説してきました。
これまでの内容を通じて、現代におけるコンプライアンスが、単に法律違反をしないという消極的な「守り」の活動ではないことを、ご理解いただけたのではないでしょうか。
コンプライアンスを、ビジネスのスピードを阻害する「コスト」や「足かせ」と捉えるか。
それとも、社会からの信頼という、何物にも代えがたい無形資産を築き上げ、企業の持続的な成長を支える「攻めの経営戦略」であり「未来への投資」と捉えるか。
この認識の違いこそが、10年後、20年後の企業の姿を大きく左右します。
強固なコンプライアンス体制は、次のようなポジティブな循環を生み出します。
従業員のエンゲージメント向上
公正で倫理的な職場は、従業員のエンゲージメントと誇りを育み、優秀な人材を惹きつけ、定着させます。
顧客ロイヤルティの確立
誠実な企業姿勢は、顧客の信頼とロイヤルティを獲得し、安定した収益基盤を築きます。
企業ブランド価値の向上
社会的責任を果たす企業としての評価は、ブランドイメージを高め、あらゆるステークホルダーとの良好な関係を構築します。
コンプライアンス体制の構築は、一朝一夕に成し遂げられるものではなく、終わりなき旅です。
しかし、その第一歩は、経営層から現場の従業員一人ひとりが、コンプライアンスを「誰かがやるべきこと」ではなく、「自分自身の仕事の一部」として捉えることから始まります。
自社の利益追求と、社会からの期待に応えること。
この両立の中にこそ、企業の真の存在価値があるのです。